オーディオアンプとシミュレーション

主にLTSpiceを使ったオーディオのシミュレーションについて書きます。



A級BTLのメリットについて

はじめに

 A級BTLには素晴らしいメリットがあります。

 BTLの左右で電流が打ち消し合う結果、電源のインピーダンスが等価的に極めて大きくなることです。理想動作するA級BTLでは、それぞれ反対側のアンプがシャントレギュレータのように見なせ、アンプは一定の電流を消費します。

 電源変動に起因する歪み・音質劣化が低減され、クロストーク(チャンネルセパレーション)にも劇的な影響があります。

 これは他のどんなアンプにも真似のできない特徴で、電源変動を抑制することが高音質に繋がるという説を信奉するのであれば、迷わずA級BTLを採用すべきです。

 このことをシミュレーションで確かめてみます。

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シミュレーション

 シミュレーション回路を以下に示します。

A級BTLのシミュレーション回路
A級BTLのシミュレーション回路

 この定数で、アイドリング電流は1A程度です。まず、AC解析で電源に流れる電流を見ます。

AC解析の結果
AC解析の結果

 オペアンプで構成している位相反転回路のバランスが悪いため、高周波では電流が増加しています。それでも、可聴域では1V(実効値)の入力、4Vの出力(ブリッジ出力)に対して-80dB、1mA以下の変動です。

 過渡解析も見てみます。

過渡解析の結果
過渡解析の結果

 青が出力電流、赤とシアンがそれぞれのSEPP出力段の+側FETのドレイン電流、符号が逆転していて見づらいですが、緑が+側電源に流れる電流です。このように打ち消し合っています。

 変動が皆無とまではいきませんが、かなり打ち消し合っていることがわかります。

 どの程度打ち消しの誤差が生じるかは、BTLの精度にかかっています。実際の回路では、頑張っても数%程度は残るのではないでしょうか。それでも、電源に流れる電流を数十分の一に抑制できるのですから、この方式には多大なメリットがあります。

 打ち消しを完全にする方法を考えると、差動化が思いつきます。ぺるけさんの全段差動PPアンプはこの発想の延長線上にあるものとも解釈できます。真空管アンプのような高圧回路では電源のインピーダンスを下げるのに限界があります。全段差動PPの音質には定評がありますが、打ち消しによる変動しない電源が効果を発揮しているのでしょう。


 アイドリングを減らして、AB級BTLとした場合についても見てみます。

AB級BTLの過渡解析結果
AB級BTLの過渡解析結果

 残念ながら、この場合は電源に電流が流れます。それでもある程度は抑制されますが、問題はこの電源電流波形は高次高調波をふんだんに含んでいることです(A級動作領域では電流が流れず、B級領域になっていきなり電流が流れ始めるため)。恐らく音質的には不利ではないでしょうか。

 とはいえ実際のアンプについて考えると、片側数百mA程度確保してあげれば実使用領域はカバーできるので、頑張って純A級動作にする必要はないと思いますが……。


 なお、純A級を前提とした場合、純A級BTLは純A級SEPPと同じ消費電力で実現できます。アイドリング電流は二倍必要になりますが、電源電圧は半分で済むからです。

 ピーク電圧8Vを出力するアンプを考えます。純A級SEPPの場合、正負8Vの電源が必要で、ピーク電流は1Aです(出力段内部のロスは考えず、電源利用効率は最大であるとする)。アイドリング電流はピーク電流の1/2に設定する必要があるので、500mAになり、けっきょく8Wの消費電力になります。

 純A級BTLの場合、同じアイドリング電流を左右の出力段に流すため、消費電流は1Aになります。しかし、電源電圧は正負4Vで十分なため、消費電力は結局同じ8Wです(実際には、電源利用効率の問題で多少悪化する可能性はある)。

 さて、A級BTLという構成はなんとなく高コストな気がしますが、アンプ回路を倍用意するコストは実は大したことはありません。しかし、倍の放熱器で同じ電力を放熱するため、A級BTLでは放熱に余裕ができます。言い換えると、小型の安い放熱器を使うことができます(倍の容量を放熱できる放熱器は大抵二倍以上の値段がします)。

 そのことを考えると、同じ出力の純A級アンプであれば、A級BTLは相対的に低コスト、ないし同程度のコストで実現する可能性があります。それで電源電圧変動を抑制できるというメリットまでついてくるので、とても素晴らしい方式です。

 ぜひとも流行ってもらいたいものだと思います。私もそのうちA級BTLの作例をこのブログに載せようと思います。