オーディオアンプとシミュレーション

主にLTSpiceを使ったオーディオのシミュレーションについて書きます。



ミラー効果のシミュレーションと対策について

はじめに

 増幅回路のミラー効果は古典的な話題です。アンプ回路においては位相補償に使われるなど、日常的に親しみのある現象でもあります。

 改めてミラー効果について確認しておこうと思います。

 目次

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素の増幅回路

 シミュレーション対象の増幅回路を下の図に示します。

シミュレーションを行う回路
シミュレーションを行う回路

 素のエミッタ接地です。増幅率は20dB(10倍)程度になっています。信号源インピーダンスとして1kΩを与えています。

 この状態での入出力のAC特性を見てみました。

デフォルト状態のAC特性
デフォルト状態のAC特性

 カットオフ(-3dBポイント)は、アバウトですが1.5MHz程度です。トランジスタのベース側で高周波特性が悪化していることに注目してください。ここで1.5MHzのカットオフということは、ざっと110pFくらいのベース容量が見えている訳です。

 さて、C1815のCobはカタログ上2~3.5pFということになっています。ゲイン10倍のアンプなのでミラー効果を考慮してこれを11倍しても、22~38.5pFで、実は全然足りません。

 原因候補は

  • Cibの分でけっこう食われている。Cobの10倍として最大35pF。それなりに影響するかもしれない
  • 動作点がそんなに良くないのでカタログスペックより悪いCobになっている
  • シミュレーションモデルがデータシートより悪いモデルになっている。トラ技のサイトから拾ってきたモデルですが、正直怪しいという印象を抱いています

 などで、実際にはこれらの複合要因でしょう。

 とにかく、何もしなくてもそれくらいの容量が見えているという前提で話を進めることにします。

ミラー効果のシミュレーション

 ベース・コレクタ間に330pF入れてみます。それくらい入れればトランジスタの寄生容量を覆い隠して支配的な効果を及ぼすだろうという発想です。

Cを追加したエミッタ接地回路
Cを追加したエミッタ接地回路

 AC特性は壮絶に悪化します。

C追加時のAC特性
C追加時のAC特性

 カットオフは約40kHz。4nF程度の容量に見えます。330pFのベース・コレクタ間容量・10倍のゲインという条件では、ベース・コレクタ間容量は11倍されて3630pFの入力容量に見えます。まあ、それなりに妥当な線でしょう。

 このように、ミラー効果が働くと、ベース・コレクタ間容量(FETならゲート・ドレイン間容量、いわゆる帰還容量)がゲイン倍されます。

対策

 ミラー効果による高周波特性の悪化を改善したい場合、対策は何通りかあります。

そもそも容量を小さくする

 素子選定等で工夫する、というアプローチ。それはそれで大切なことだと思います。市販のディスクリートアンプなどでは、選びぬかれた増幅素子が用いられています。

 ただし、オーディオアンプの自作派などでは一々部品を選ぶのはしんどいので、部品箱にある汎用トランジスタを使って、という選択に傾きがちだと思います。

駆動インピーダンスを下げる

 要するに、駆動インピーダンスと(等価)入力容量によって構成されるRCローパスフィルタによって高周波特性が決定されているので、低インピーダンスでドライブできれば高周波特性は改善されます。このことに触れていない解説をよく見かけますが、それだと本質的な理解に近づかないと思います。杓子定規に「高周波特性が悪化する」とだけ覚えても無意味では?

 10Ωで駆動してみます。

信号源インピーダンスを下げた回路
信号源インピーダンスを下げた回路

 これくらい改善。

10Ωで駆動した場合のAC特性
10Ωで駆動した場合のAC特性

 ただし、これは必ずしも現実的な答えではありません。実際の回路で「信号のインピーダンスを下げる方法」は限られます。「フォロアがあるじゃん」と思うかもしれませんが、フォロアといえど高周波では増幅率の低下と位相の回転が発生し、回路全体の特性を悪化させます。あとは低い抵抗を交流的にアースにつないでゲインと引き換えにインピーダンスを下げる方法しかありません(前段の増幅回路の負荷抵抗を小さくするといったパターン)。

 それでも、「RCローパスフィルタを構成しているRを下げれば高周波特性は改善する」ことは覚えておいて損はありません。

カスコード

 ミラー効果といえばカスコード、というくらい一緒に紹介されることが多い気がします。

カスコード化した回路
カスコード化した回路

カスコード化した回路のAC特性
カスコード化した回路のAC特性

 これはこれで顕著に改善します。

 ただ、1MHzを超えるような帯域でカスコードを効かせようとすると、今度はカスコードそのものが理想カスコードではないという壁にぶち当たります。シミュレーションをしているとそのことをよく実感します。ヘタするとかえって位相が暴れたり、カスコードそのものが発振したりして、カスコード入れない方がマシ、なんてこともよくあります。

 個人的にはカスコードはVCEを固定するのが主な役割と割り切り、カスコードを使って高周波特性を改善するといった野望は諦めた方が安全に思えます。もちろんやればできるのですが、クリティカルなのでしっかりした計器がないと失敗する印象です。アマチュアにはちょっと厄介です。

前段ゲインを高めてGB積の改善に訴える

 これは少し高度な(実践的な)内容です。そもそも、ミラー効果が効いてくるような回路はこの記事で扱っているような牧歌的なエミッタ接地よりは、もっと複雑な回路の場合が多いと思います。典型的には、オペアンプの二段目です。

 そういった場合、前段のゲインを稼いでトータルのGB積を改善するという発想もあります。ただし、ここでいう「ゲイン」はRCローパスフィルタを通した上でのゲインです。前段の出力インピーダンスの向上と引き換えにゲインを挙げました、というのは無効です。つまり、いわゆるトランジスタのgmを高めれば良い、ということです。

 逆に言えば、何らかの理由で位相補償Cを小さくしたい場合、前段のgmを小さくすれば良い、ということになります。「そんなケースあるの?」という声もあるかもしれませんが、オペアンプは大抵これです。集積回路では大きいCを作るのが難しいので、初段の電流を絞って(0.1mAとか)gmを下げ、小さいCで済むようにしています。

 すごくざっくり言えば、オペアンプの初段のゲインは概ね初段gm*二段目入力容量のインピーダンスになります。そう考えると、以上の記述には納得がいくと思います。

まとめ

 ミラー効果を実際にシミュレーションしてみました。概ね理論通りに振る舞うことが確認できました。