オーディオアンプとシミュレーション

主にLTSpiceを使ったオーディオのシミュレーションについて書きます。



B級、AB級、A級出力段の歪み

はじめに

 アンプの出力段のランクはB級、AB級、A級と上がっていくとされます。

 では、それぞれどのように歪むのでしょうか? シミュレーションで確認します。

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シミュレーション

 シミュレーション回路を以下に示します。

B級、AB級、A級各出力段
B級、AB級、A級各出力段

 左から、アイドリング電流10mA, 100mA, 1Aです。出力DCオフセットは±10mV以内に収めました。

 Vppが8Vの1kHzの交流信号を入力します。約1Wの出力に相当します。この条件では、それぞれの出力段は「(ほぼ)B級」、「AB級」、「A級」の領域で動作します。出力をFFTで見て歪みを観測します。

 ということで、まずはB級出力段から。

B級出力段の出力FFT
B級出力段の出力FFT

 ひでーな、というのが率直な感想。歪率は0.5%~1%前後でしょうか。二次・三次の歪みも相当のレベルですが、より高い次数の歪みも右の方に見えます(スイッチング歪み?)。

 無帰還では使えそうにないですね。

 次。AB級。

AB級出力段の出力FFT
AB級出力段の出力FFT

 微妙に改善しているのですが、意外と劇的には改善しません。100mAのアイドリング電流というと割と現実的ですが、1Wでこれくらい歪むのを見ると足りないな……と思います。

 最後に、A級。

A級出力段の出力FFT
A級出力段の出力FFT

 上のB級、AB級のFFTと比べると違いは歴然としています。無帰還0dBアンプを作るのであれば、歪のことだけ考えればA級動作は必須と言って良いのではないでしょうか。

 NFBアンプであれば、ある程度は負帰還によってねじ伏せられるので、そこまでシビアに考える必要はないのかもしれません。とはいえ、可聴域上限の15kHz~20kHzあたりは負帰還量も相応に下がっており(40dB程度というのも現実的)、これが聴こえない保証はありません。

 A級にするだけで(その『だけ』が大変なのだが・・・)30dB程度は歪みが改善するようなので、可能ならそうするべき。

考察と結論

 ちょっとアイドリング電流の設定について考察。

 上の結果を見ると、純A級アンプを使うことができればそれが一番良いのかもしれません。が、消費電力のことを考えると非現実的です。

 常識的なホームオーディオでは、常用される出力は1W以下の領域であると思われます。余裕を見て、3W~5W程度あれば「カバーできる」とする。

 それくらいまではA級動作になるようなAB級の設定を狙う訳ですね。

 8Ω負荷に5W発生させるためには、交流実効値で約0.8A出力する必要があります。ピーク値は1.4倍して約1.1A。A級SEPPアンプのアイドリング電流はピーク出力電流の半分にすれば良いので(上下の素子が分担するから)、けっきょく必要なのは0.5~0.6A程度のアイドリング電流ということになります。

 たとえばアイドリング電流0.5Aで、±30Vの電源を使うとすると、片チャンネルあたり30W、ステレオで60Wのアイドル時消費電力になります。最大出力は40W~50Wくらいになるはずです。

 このような出力段を持つアンプを作った場合、マーケティング的にはかなり不利なことが容易に想像されます。

  • 最大出力40W~50Wは100W以上の出力を持つアンプが溢れかえっている昨今では小さいと受け取られる
  • アイドル時消費電力60Wで最大出力50+50Wは効率が悪いと認識される

 では、電源電圧を上げて出力を増やすと? アイドリング電流一定なら、消費電力は電源電圧に比例して増大します。放熱のことを考えると、一素子で消費できる電力には限りがあります。大型の放熱器使って、素子をパラにして……と努力してなんとかする、というのが一つの選択肢。

 もっと安直に、アイドリング電流100mA以下に削っちゃうというのがもう一つの選択肢です。現代的なアンプでは残念ながらそういう設計が採用されることが多いと思います。

 他の選択肢もあります。電源電圧を±20V程度に抑えて、最大出力を犠牲に消費電力を下げることです。この方法であれば、実用領域でのA級動作と余裕ある放熱設計を無理なく両立させられます。

 アンプの出力は実用的には10Wあれば十分すぎる、ということは自作をやる方なら誰でも経験していることだと思います。電源電圧を抑えた、小出力の純A級、ないしそれに近いAB級アンプというのは有望な方式ではないでしょうか。