オーディオアンプとシミュレーション

主にLTSpiceを使ったオーディオのシミュレーションについて書きます。



柴田式対称動作アンプのシミュレーション

はじめに

 柴田式対称動作アンプは柴田由喜雄氏(柴田氏サイト)がMJ(無線と実験)誌に発表したアンプで、カレントミラーを用いて同極性素子によるSEPP出力段を実現していることが特徴です。シミュレーションでどの程度の対称動作なのか見てみます。

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シミュレーション

 回路を以下に示します。

対称動作アンプ
対称動作アンプ

 定数は私が適当に決めましたが、このような回路です。

 これ自体はそんなに斬新な回路でもないと思うのですが、幾つか懸念されることがあります。

  • 初段バッファの非対称性
  • カレントミラーの精度
  • カレントミラーの位相遅れに起因する非対称性
  • インバーテッドダーリントンなので高周波特性が怖い(設定が悪いと発振する)

 ちょっとシミュレーションで見てみましょう。ちなみに、この設定でのアイドリング電流は800mA弱です。

 とりあえず出力です。

出力
出力

 10MHzまで伸びていますが、ちょっと高域が膨らんでいて怪しいかも。位相余裕を増やそうとすると、高域の帰還量が減って帰還後の位相回転はかえって増えるという仕様です。NFBループに入れようとすると、どこでバランスをとるか迷うでしょう。

 次にオープンループゲインです。

対称動作アンプのオープンループゲイン
対称動作アンプのオープンループゲイン

 思いの外低域ゲインが小さいですが、これは初段トランジスタのエミッタ抵抗50Ωのせいです。0dBポイントは7MHz程度で、その時点の位相回転は-114度です。一応余裕はあると言って良いと思いますが、その上側のうねうねをどう評価するか・・・

 初段エミッタ抵抗とMOS-FETのドライブ抵抗の電流です。

各部電流
各部電流

 青と緑がマイナス側のエミッタ抵抗電流およびドライブ抵抗電流、赤とシアンがプラス側です。揃いませんね(苦笑)。こうして見るとカレントミラーの悪影響はそれほどではないものの、そもそも初段が非対称動作しているようです。ただ、これはどうやらLTSpiceのモデルが悪いことに起因するようです(某所から拾ってきたC1815とA1015がぜんぜん対称ではない)。

終段の電流
終段の電流

 終段も当然こうなります。


 シミュレーションはちょっと残念な結果になってしまいましたが、実際の初段はもう少し対称性の良いものにできると思うので、一応そう想定して考えてみましょう。

 とりあえず、カレントミラーに起因する問題はシミュレーションを見る限りはあまりなさそうです。要するに意外と優秀ということで、軽く驚きました。

 高周波領域の安定性については、まあなんとかはなると思いますが、そんなに楽観視もできないというか、注意して設計しないと発振しそうです。安定性を高めるためには、初段バッファのトランジスタのgmをエミッタ抵抗で落とせば良いのですが、ゲインが減少します。あるいは第一ポールを形成する終段のゲートソース間容量を増やすために、ここに並列にコンデンサを入れる(あるいは意図的に帰還容量の大きい素子を用いる)のも選択肢の一つです。これで補償しようとすると数百pF以上が要求されるので、音質への影響は小さくはないと思いますが……。

 頑張ればNFBループ内に入れられると思いますが、外側のループにはそれなりにきつい位相補償が要求されるはずで、それによって帰還量が下がるのに出力段の局所帰還が50dB程度というのはトータルで見ると微妙かもしれません。もう少しローカルの低域ゲインを上げられれば旨味も出てくるとは思いますが……。

 対称性は恐らく初段が支配します。今回の6db近く差が開くという結果はさすがに論外ですが、実機でも数10%程度の振幅誤差は出るはずです。

 このジャンル(同極性PP)は金田式完全対称アンプが有名ですが、それに比べると絶対的な対称性では及ばない感じがします。手軽さはこちらの方式が勝っていると思うので、コンセプトの違いと解釈するべきでしょう。

 柴田氏はアイドリング電流をじゃぶじゃぶに流す超A級動作を提唱していますが、そのような動作であれば対称動作アンプであろうとコンプリSEPPであろうとそれほど大きな違いはないのでは? というのが率直な感想。

 P型のパワー用半導体は近年入手しづらくなっているので、その対策としてこの回路を使うというのはありです。ただ、逆に初段のP型素子が手に入らないかもしれません。

 まあ、とりあえず、アンプとしては危なげなく成立することはわかりました。