オーディオアンプとシミュレーション

主にLTSpiceを使ったオーディオのシミュレーションについて書きます。



ハイゲインなぺるけ式ヘッドホンアンプもどき

はじめに

 本邦でディスクリートのヘッドホンアンプといえば、ぺるけ氏のFET式差動ヘッドホンアンプが有名です。

Headphone Amp Project

 これの改造案についてシミュレーションしたので、書き残しておきます。私が個人的に作るかどうか迷ってシミュレーションしてみたものです。

 先にネタバレしてしまうと、初段を能動負荷で受けてゲインを稼ぎます。

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オリジナル回路(もどき)のシミュレーション

 オリジナル回路に近い構成のシミュレーション回路を以下に示します。部品・定数は適当に変えているので、あくまでも参考程度に見てください。

オリジナル(もどき)回路
オリジナル(もどき)回路

 特徴は、やはり出力コンデンサでしょうか。出力Cを入れる割り切った設計にすることで、単電源で(定電流用の疑似マイナス電源は存在しますが)うまく構成している……と思います。

 オープンループゲインです。

オリジナルのオープンループ特性
オリジナルのオープンループ特性

 低域は出力Cによって落ちます。高域を落としているのは初段容量ではなく(ここの容量はたかがしれているので)、出力バッファの特性かな? という気がしていますが、深く追求はしていません。

 こうしてみると分かる通り、20dBくらいのゲインしかありませんが、それは初段に2N5434を使っているからです(これでもLTspiceにデフォルトで入っているFETの中では高gmな方ですが)。オリジナルは高gmタイプのJ-FETである2SK170を使い、30dBくらいは稼いでいるはずです。

 オリジナルは利得を稼ぐために高gmのJ-FETを起用し、ソースにバイアス調整用の可変抵抗を入れる訳にもいかない(入れるとその分ゲインが落ちる)ので選別された配布部品で組むのが半ば大前提、というちょっと恐ろしい回路、という見方もできます。こういう構成は自作ならではといったところでしょうか。

 実効値1Vの1kHz正弦波を出力にしたときの歪みのスペクトルです。

歪みのスペクトル
歪みのスペクトル

 回路にCを入れるとFFTのノイズフロアが怪しい感じになりますがそれは無視していただくとして、二次歪み-60dBは悪くない特性です。実際は1Vも出力することはないので、もっと低歪みの領域で動作している可能性が高いでしょう。

 ということで、実用的には十分な特性があるのですが、

  • もっと色々なFETを使いたい
  • 実用的には十分とはいえ歪率0.1%はそんなに良くないので、改善できるならしてみたい

 ということを考えると改良したいなと思うのも事実で、なんとかゲインを稼ぎつつ辻褄が合うような回路を考えてみようと思ったのがこの記事を書いた動機です。

改造回路

 改造した回路(の案)を以下に示します。

改造したFET差動ヘッドホンアンプ
改造したFET差動ヘッドホンアンプ

 最初にネタバラシした通り、初段にカレントミラーを付与してゲインを稼ごうという算段です。

 このカレントミラーは動作するために1V程度の電圧を要します。電圧ロスを心配される方もいるかもしれませんが、実際は出力バッファの電圧ロスと重なるので、ほぼゼロの電圧ロスでカレントミラーを入れることができます。よって、このような回路が成立します。

 ただし、DC電位の安定のためには出力端からの帰還とは別に直流帰還をかける必要があります。それを担うのがR15とR16で、出力端がほぼプラス電源中点に来るよう制御しています。交流的にはこの帰還抵抗と出力端からの帰還抵抗がそれぞれ並列になっているとみなして設計すれば構いません。ちょっと凝っているのはそれくらいで、あとはオリジナルとさほど変わりありません。

オープンループゲイン
オープンループゲイン

 オープンループゲインです。10Hzから10kHz程度まで40dB以上のゲインが確保できています。これによってNFBによる特性の改善が期待できます。高周波側はよくある2ポール特性で、とりあえずこの定数では安定して帰還をかけることができるようです。50MHzでゲインがハネるのが気持ち悪いといえば気持ち悪く、微妙に不安定な要素がありそうですが……。あちこちに抵抗を入れてみたりもしましたが、あまり改善する気配がないので積極的に追求はしていません。

歪みのスペクトル
歪みのスペクトル

 歪みはNFBに応じて改善します。

考察とまとめ

 どうしてオリジナルがこうなっていないのか? という理由は比較的単純だと思います。

  • ハイゲインなアンプには不安定性があり、誰が作ってもちゃんと動作するというコンセプトに反する
  • パーツ個数が増えて基板(ぺるけさんの場合は平ラグか)に収まらなくなる。抵抗負荷をカレントミラー負荷に置き換えるのは意外と大変(トランジスタが2つ増えるので)
  • 単に抵抗負荷にしても特性は実用上十分なので、そこまでする理由がない
  • 先にやるべきことがある(とりあえず出力Cを取っ払うとか)

 あれこれ考えた結果、手間の割に旨味が少ないと感じたので、私個人はこの回路を製作することはとりあえずやめました。

 やればできるはずなので、勝手にやるのは自由です。ただし、この回路を真似て製作された方がいても、私は責任を持ちません。あくまでもボツ案のシミュレーションなので、ご理解ください。