オーディオアンプとシミュレーション

主にLTSpiceを使ったオーディオのシミュレーションについて書きます。



オペアンプ1つで対アース出力の電流正帰還(負性インピーダンス)回路

はじめに

 電流正帰還アンプは出力インピーダンスの負性インピーダンス化によってMFBを実現する方法ですが、既存の回路だと対アース出力にならない(電流検出抵抗が負荷・アース間に入る)ので何かと扱いづらい面がありました。

 電流検出抵抗の両端電位をオペアンプの差動増幅回路を使って検出すれば、アンプ出力側に入れることは可能です。ラムダコンさんがそのような回路を試みています。

hohon88.hatenablog.com

 ただし、これは大げさですし、高周波で位相が回って変な帰還にならないか? といった懸念もあります。

 オペアンプ1つでも負性インピーダンスにする方法がないのか? とずっと考えていました。やっと回路を思いついたので、発表します。

原理図と性能の説明

 こんなのです。

原理図
原理図

  R_Zが電流検出抵抗で、 R_Lが負荷です。直感的には、負荷が重くなれば R_Zに流れる電流も増え、オペアンプ出力 ooが高い電位になるので、それを正帰還すれば負性インピーダンスになりそうです。

 以下数式で証明。

 とりあえずバーチャルショートに従って V_i = V_{ip} = V_{im}と定め、以下の2式を立てます。符号と電流の流れる向きに注意。

\begin{align}
V_{o} &= V_{i}\frac{R_1+R_2}{R_1}\\
V_{oo} &= V_{src} + (V_{i}-V_{src})\frac{R_3+R_4}{R_3}
\end{align}

  V_oの式を変形して

\begin{align}
V_i &= V_o \frac{R_1}{R_1+R_2}\\
\end{align}

 とします。これを V_{oo}の式に代入して V_iを消去すると、

\begin{align}
V_{oo} &= V_{src} + (V_o \frac{R_1}{R_1+R_2}-V_{src})\frac{R_3+R_4}{R_3}\\
&= -V_{src}\frac{R_4}{R_3} + V_o\frac{R_1}{R_1+R_2}\frac{R_3+R_4}{R_3}\\
V_{src}\frac{R_4}{R_3} &= V_o\frac{R_1}{R_1+R_2}\frac{R_3+R_4}{R_3}- V_{oo}
\end{align}

 となり、入出力間の関係が見えてきます。

 次に、 V_{oo}を消去します。これには出力側の、

\begin{align}
V_{oo} &= V_o\frac{R_L+R_Z}{R_L}\\
\end{align}

 の関係を使います。

\begin{align}
V_{src}\frac{R_4}{R_3} &= V_o\frac{R_1}{R_1+R_2}\frac{R_3+R_4}{R_3}- V_o\frac{R_L+R_Z}{R_L}\\
V_{src} &= V_o(\frac{R_1}{R_1+R_2}\frac{R_3+R_4}{R_3}-\frac{R_L+R_Z}{R_L}) \frac{R_3}{R_4}
\end{align}

  V_{src} V_oだけの式になったので、この時点でゲインを出せます。

\begin{align}
\frac{V_o}{V_{src}} = \frac{1}{\frac{R_1}{R_1+R_2}\frac{R_3+R_4}{R_3}-\frac{R_L+R_Z}{R_L}}\frac{R_4}{R_3}
\end{align}

 整理するために正帰還率 \alpha、負帰還率 \beta、電流検出率 \gammaを置きます。

\begin{align}
\alpha = \frac{R_3}{R_3+R_4}\\
\beta = \frac{R_1}{R_1+R_2}\\
\gamma = \frac{R_L+R_Z}{R_L}
\end{align}

 すると最終的に次のような式に変形できます。

\begin{align}
\frac{V_o}{V_{src}} = \frac{1}{ \frac{\beta}{\alpha}-\gamma}(\frac{1}{\alpha}-1)
\end{align}

 回路を見てわかるとおり正相アンプなので、動作するためには以下の制約を満たす必要があります。

\begin{align}
\frac{\beta}{\alpha} > \gamma
\end{align}

 出力インピーダンスの解析ですが、簡単に出すために、上の制約を満たさなくなった瞬間に動作が破綻することを利用します。つまり、   R_L+Z_o > 0ならちゃんと動作し、   R_L+Z_o \leq 0でループインピーダンスが0以下になって動作が破綻するので、これについて考えれば良い訳です。

  \gamma = \frac{\beta}{\alpha}がループインピーダンスが0になる瞬間で、このとき Z_o = -R_Lです。

\begin{align}
\gamma = \frac{R_L+R_Z}{R_L}&= 1+\frac{R_Z}{R_L} = \frac{\beta}{\alpha}\\
\frac{R_Z}{R_L} &= \frac{\beta}{\alpha}-1\\
Z_o = -R_L &= -\frac{R_Z}{\frac{\beta}{\alpha}-1}
\end{align}

 実際に数字を当てはめて計算するとわかりますが、ちゃんと負性インピーダンスアンプとして動作します。素晴らしいですね。

シミュレーション

 数式の確認のため、簡単にシミュレーションしてみました。

シミュレーション回路
シミュレーション回路

 察しの良い方はすでにお気づきかもしれませんが、この方式だと入力端子が負性インピーダンスになります。そのままだとロクなことにならないと思いますが、並列に適当な抵抗を入れるとキャンセルできる(実際の入力の負性インピーダンスより重たい正のインピーダンスをパラれば良い)のでそうしています。

 直列抵抗を入れてキャンセルしようとは考えないこと。正帰還率が上昇し動作の破綻に近づきます。また、入力オープンも駄目です。必ず適当なインピーダンスでアースに落としてやる必要があります。アースに落としたとして、入力オープン時に動作が破綻しないかどうかの検証も必要です。また、実装の寄生インダクタなどで万が一高周波で破綻したら困るので、その辺はうまく考慮する必要があります(要するに使いづらいってことですね。あるいは正帰還側をそのままアースに落として負帰還側に入力すれば反転アンプとして使えるので、そっちの方が現実的には良いかもしれません。負帰還側は正の入力インピーダンスなので)。

 シミュレーション回路のパラメータは以下のようになります。

\begin{align}
\alpha = 0.1\\
\beta = 0.2\\
\gamma = 1.001
\end{align}

 この定数だと、ゲインは約9倍、出力インピーダンスは-0.1Ωになるはずです。

入出力特性
入出力特性

 19dBなので約9倍で正解。

 注入法で出力インピーダンスを見てみます。

出力インピーダンスの測定
出力インピーダンスの測定

出力電流波形
出力電流波形

 出力から電流を引き抜くと出力電圧が上がります。まさに負性インピーダンスアンプの振る舞いです。1Aに対して0.1Vが現れているので、計算通りです。

まとめ

 この方式はヘッドホンアンプなどにかなり有用だと思います。シンプルな回路で負性インピーダンスアンプが実現します。

 ちなみにですが、正帰還側と負帰還側の出力の接続位置を変えると正インピーダンス出力回路(甚だしきは電流出力回路)になります。というか、この記事のもそれからの派生で思いついた回路です。

 たとえばここなどを参考にしました。

blogs.yahoo.co.jp

 電力出力アンプという名前でも同様の回路が使われていたりするようです。それなら出力とシリーズに抵抗を入れれば? という気はしますけど。

続き

 反転型の場合
www.audio-simulation.net